2012年 02月 03日
豆まき終了、明日は立春。 |
歳の数+1個の豆を食べるのが大変なお年頃になりました。
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おとうさんが帰るのを待てないだろうと昼間に小僧と豆まきをした。
「おには~そと~」と豆をまくのが楽しかったようでエンドレス。今シーズン一番の冷え込み、ベランダの隅には雪が溜まり、朝凍った水も1日溶けていないのに、窓は開けっ放しで「おには~そと~あはは~」と大はしゃぎ。「あの~小僧さん、鬼もうどっか行ったみたいやけん、窓閉めていい?」「え~もういっかい~」。なんとか強制終了して、家で凍えず済みました。
それでも、昨日今日と外に出て、空から舞う雪を手で掴もうとしたり、風に向かって立って意味不明な雄叫びをあげたり。
そんな小僧を見ながら、真夏の30度超の中走り回って遊び倒していたのを思い出し、子どもは暑さも寒さも関係ないのか?と。
冬には冬の夏には夏の感じるものがあるんだろうな。大人(になった私)はもう寒さとか暑さとかばかりが感じられ、吐く息の白さの不思議とかそよ風の心地よさとかそんなものに心を向けられなくなってるんだろうな~とかちょっと思ってみたり。
で~も~。
やっぱり寒かったっす、ここ2日。
なので、舞う雪にはしゃぐ小僧の写真は撮り損ねました。
早く暖かくならんかな~。
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おとうさんが帰るのを待てないだろうと昼間に小僧と豆まきをした。
「おには~そと~」と豆をまくのが楽しかったようでエンドレス。今シーズン一番の冷え込み、ベランダの隅には雪が溜まり、朝凍った水も1日溶けていないのに、窓は開けっ放しで「おには~そと~あはは~」と大はしゃぎ。「あの~小僧さん、鬼もうどっか行ったみたいやけん、窓閉めていい?」「え~もういっかい~」。なんとか強制終了して、家で凍えず済みました。
それでも、昨日今日と外に出て、空から舞う雪を手で掴もうとしたり、風に向かって立って意味不明な雄叫びをあげたり。
そんな小僧を見ながら、真夏の30度超の中走り回って遊び倒していたのを思い出し、子どもは暑さも寒さも関係ないのか?と。
冬には冬の夏には夏の感じるものがあるんだろうな。大人(になった私)はもう寒さとか暑さとかばかりが感じられ、吐く息の白さの不思議とかそよ風の心地よさとかそんなものに心を向けられなくなってるんだろうな~とかちょっと思ってみたり。
で~も~。
やっぱり寒かったっす、ここ2日。
なので、舞う雪にはしゃぐ小僧の写真は撮り損ねました。
早く暖かくならんかな~。
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なんだか私もそばで見ているみたいに読ませていただきました。
確かに子供のころの感性って遠い昔の印象になってきてますね。皮膚のやわらかい手でつかんだ雪の感触、雪をただ面倒と思わず楽しむ気持ち、忘れたくないものです。
確かに子供のころの感性って遠い昔の印象になってきてますね。皮膚のやわらかい手でつかんだ雪の感触、雪をただ面倒と思わず楽しむ気持ち、忘れたくないものです。
林静さん、ありがとうございます!今日、日記を拝読しお元気かな、と思いを馳せていたところでした。
本当に子どもを見ていて、忘れている感覚って多いなと実感します。専業主婦なのに、あれやこれやと雑事に追われて、時には疲れてしまって子どもが表現しようとする感性やその時々の気持ちをつい見過ごしてしまうこともあり、反省の多い毎日です。が、こういう年中行事や厳しい季節はそういうことを改めて感じるいい機会かも。はしゃぐ小僧を見ながら、一緒に楽しめるような瑞々しい感性は持ち続けたいな、と考えたりしました。
本当に子どもを見ていて、忘れている感覚って多いなと実感します。専業主婦なのに、あれやこれやと雑事に追われて、時には疲れてしまって子どもが表現しようとする感性やその時々の気持ちをつい見過ごしてしまうこともあり、反省の多い毎日です。が、こういう年中行事や厳しい季節はそういうことを改めて感じるいい機会かも。はしゃぐ小僧を見ながら、一緒に楽しめるような瑞々しい感性は持ち続けたいな、と考えたりしました。

